日記

2025年12月25日(木)

牛肉の赤ワイン煮込みがうまく行かなかった。勘所を抑えて簡略化していたつもりが、全然勘所を抑えていなかったのだろう。長らくレシピ通りに料理を作っていない。レシピに学ぶ習慣を失くしてしまい、成長がない。

2025年12月23日(火)

言語のねばっとした感じとかごろっとした感じをそのまま引き受けて編まれた文章を読むと、私は言語を道具として扱っていると思う。

2025年12月22日(月)

シーフードレストランメヒコ守谷フラミンゴ館。フラミンゴがいるところでカニを食べる。多くの人々が当然かのように振る舞っているが、なんだか納得できない。世界に少しずつ参入していく子供はこんな気持ちでいろんな物事を見ているのだろうと思った。

2025年12月21日(日)

今年中の文章の締め切りが終わったので今年の反省をしよう、と考えたものの、なんだか締めくくりする気になれなかった。1月半ばに嫌な締め切りがいくつかあるせいかもしれない。難儀な性格だ。

2025年12月20日(土)

仮のゲラにする前の本の修正を終えた。最後の作業は、WorkflowyからGoogleドキュメントに文章を移して整えること。以前すでにWorkflowyからGoogleドキュメントに移した上で、そちらで表現などをいじってしまっていたが、編集者に大幅に書き換えるよう助言をもらったので、そのGoogleドキュメントからWorkflowyに文章を再度移していたのだった。というのも、小手先の修正はともかく、すでに書いたものをばさっと捨てたり、順番を入れ替えたり、新たに書き加えたり、といった本格的な執筆は私にはWorkflowyでないとできないため。そのようにして書き直した文章をGoogleドキュメントに戻すには、消えてしまった注を復元して本文に入れたり、参照文献の書式(英語文献の斜体など)を整えたり、といった作業が必要となる。

ほとんど徒労だったと思う一方で、文章をちゃんと書き直すにはこうするしかなかった。

2025年12月19日(金)

火曜日に行ったsetoの料理について、昨日の夜と今日の午前で日記を書き終えた。考えるべきことが多いと感じて、なかなか手がつけられなかったのだった。今回はちゃんと分析しきれなかったのでもう一度行きたい。

最近考えていたのだが、やはり「ライフヒストリー」なるものに興味を持てない。人生の話には興味がない。非ライフヒストリー的なものについて考えるために必要なかぎりでライフヒストリーが面白いこともある、と考えているようだ。

時系列的な語りに懐疑的なのも似ている。時系列的な語りは人間の理解の仕組みのためにある程度必要なものだが、時系列的な語りは非時系列的なもののためにあると思っている。

2025年12月18日(木)

企業の人から「とりあえず話してみましょう」的に呼ばれることがある。けっこう不思議なのが、そういう機会に自分のことを長々と話してくれる相手方が多いこと。僕がベンダーで相手がクライアントであるような顔合わせならば、クライアントの話をよく聞くことは当然だと思うけど、なぜわざわざ私を呼んだ上で、私の研究について尋ねたりせずに自分の話をするのだろう。私には自分の知識を商売にする特別な動機はないので、結局その人の話を「へー」と思いながら聞くだけになってしまう(と言いつつ、サービス心から、その人たちの商売に関係づけるような提案をしてみることもあるのだけど)。

2025年12月17日(水)

仕事をする気が起きなかったので、調布飛行場のカフェに行った。大学から歩いて30分。大きな公園を突っ切って、飛行場の外周を半周する。平日の昼間の公園にはばらばらと人がいる。冬の青空と黄色に輝く原っぱ。けっこう頻繁に飛行機が飛び立っている。釣り竿を持った人が空港のロビーに入って行った。定期便は伊豆諸島に向かうらしい。いろんな人生がある。カフェは食堂とフードコートとカフェの中間みたいな感じで、空港職員のような人と近所の住人のような人がいた。仕事するのでもぐったりしているのでもない時間は久々だった。

2025年12月16日(火)

夕方、駒場の食堂で時間を潰していると、学生がその友人に向かって、いかに恋愛が幻想に過ぎず、不毛であるかを力説していた。駒場だ。

2025年12月15日(月)

今日は全然ごはんの味がしない日だった。

2025年12月14日(日)

コンビニでお昼ごはんを食べる機会が発生した。小雨が降っていて寒かったので、エビ風味のカップラーメンを買ってみた。スープをこぼさないようにカップラーメンを運ぶ経験をした。

2025年12月12日(金)

授業で自分の論文をかいつまんで紹介した。話しながら、なんて危うい論拠の上に成り立っている主張なんだと思った。そして、人間はこの程度のこともちゃんと考えられないのか、と落ち込んだ。

2025年12月11日(木)

午前に京都に行って、夜に京都から帰ってきた。疲れ果てた。家に帰って食べた白米がなぜかとても美味しく感じられた。香りのよい穀物だ、と思った。

2025年12月10日(水)

すでに書き上がった文章を書き直していると、どうやら議論が破綻していることに気づいた。話の前後を入れ替えたり、話の繋ぎ方を変えたりしても、うまく行かない。すでに人前で発表したことのある部分で、その際はこの箇所にかんする指摘がなかったから、さして問題ではないのかもしれない、とも思う。しかし、なかなか諦めることができない。午後の最初に気づいて、夜ごはんを食べている間もずっと考えていた。寝る前になって、やっと、不要な議論が長々と書かれていること、重要な部分が欠けていることが認められた。

夕方の段階で、文章の構成から作り直したほうがよいということには薄々気づいていた。しかし、それがうまく行かない可能性を考えると怖くて、きちんと頭を使うのが面倒で、仕事が後ろ倒しになるのが嫌で、その作業を避けていたのだった。覚悟を決めるには長い時間が必要なのだ、と言ってよいのかもしれないが、本当は大幅な書き直しを即断できるようになりたい。

2025年12月9日(火)

曖昧な内容が書かれている本を読んだ。その後読み始めた本は、難解だが明確な内容が書かれた本を曖昧にしか理解できていないと感じた。何もわからない。何の意味もない時間を使ってしまったと感じた。読んだ本を面白く感じられないと世界にうんざりする。

しかし、それらを混同するべきではないのだろう。適切に取り組めば理解できる本がわからないという事態は尊厳に関わる。

難解な本に適切に取り組めていないのは、丁寧に読むだけの時間と気力をきちんと用意していないからだと思った。対処したほうがいい。

2025年12月8日(月)

この数日走り回っていたのでお休みの日&家で作業の日。家にほとんど食材がないので、昼ごはんは菱田屋酒場に行こうと思ったが、作業に夢中で気づいたら閉店の時間が迫っていた。何を食べたいのかよくわからなくなったが、今日はひとまずビリヤニを食べに行くか、と思って外に出たところで、近くのパン屋、ケノヒノパンのサンドイッチを買おうと思い立つ。しかし売り切れだった。がっかり。ビリヤニを食べに行く気もしなくなって、どうしようか迷い、立ち尽くす。家に帰り、冷凍してあるトマトソースでトマトパスタを作った。

こうやって判断に長々と迷うことがこの日はもう一回起こった。疲れているのかもしれない。

2025年12月7日(日)

どうでもよくなかったことがちょっとどうでもよくなる。

老松の梅酒羹を買う。老松のお菓子は、説明書きの日本語が美しい。

        <blockquote>


御神梅「梅酒羹」の由緒
北野神社の梅林は京の春にさきがけて一般に公開されます。四十数種壱千本の紅白梅、一重八重、大輪小輪、それぞれ趣をかえ香気馥郁、天満宮の境内一杯に香ります。剪定、消毒除草、実取り、四季を通じてすべて神官の手塩によるものです。
御神梅「梅酒羹」は、この北野梅林の梅実を神前に供へ、当店へ下賜されたものを一年有日漬け込みまして仕上げました。まったくの自家製の梅酒菓です。神梅の効果何卒御顔の程お願い申し上げる次第でございます。
冷やしてお召し上り頂ければ一層美味かと存じます。
主人敬白
有職菓子御所 老松

2025年12月6日(土)

組み写真をめぐる議論の一部。

アートは視覚的な部分を組み上げた上で、同時に、視覚的な全体を狙う。人類学者による組み写真は部分を視覚的に結びつけることを試みた上で、それを視覚的な全体として有意になるように畳み直すものではない。組み写真では、視覚的なもののネットワークを言語的なネットワークに置き換えて、それに対応する言語的なフレームを取り出そうとする。

2025年12月5日(金)

仕事とは別に作品を作ったり小商を始めたりしている友人。眩しかった。

翻って、自分は何をしているのだろうと思った。仮にいまは時間がないだけだとしても、時間ができたとき、自分に友人のように作りたいと思えるものはあるのだろうか。

数日後に気づいたのは、私はすでに書くことで作っているということだった。特に私は、Workflowyを使って本当に部品を組み立てるように書いているわけで。

とはいえ、私が書くことでやっているのは、「作る」的な書くことというよりも、何かを複製可能にするための書くことだろうと感じている。よいレストランの評価すべき点を明確にしてそれを広める、民族誌の書き方を体系化する、など。書かれた文章それ自体を超えたものを狙っているようだ。

2025年12月4日(木)

週末に行うワークショップのイントロダクションのための資料は、以前何回か使ってきた資料を作り直して使おうと思っていた。

だが改めて見直してみると、違和感を覚える箇所がある。とはいえ、これまでもこの資料を何回も使ってきて、そのときこの部分に突っ込みが入ったことはなかったから、特に修正しなくても飲み込んでもらえるのだろうと思った。

しかし。今直さないと、「違和感を直さないでワークショップをやってしまった」というやましさを感じることになる。ワークショップが過ぎてしまえば、修正する動機は失われてしまうはずだけど、違和感を抱いたという事実は消せないので、気がかりが残ったまま日々を過ごすのだろう。それは嫌だった。

結局、ほぼ終日その修正に時間を費やすことになった。心理的な抵抗を跳ね除けただけでも素晴らしいのに、そのワークショップの方法について新たな知見を得ることができた。

2025年12月3日(水)

日記を書く理由      


「うつ病者は大事なものを徹底的に手入れして自分そのもののように愛す。それは触れられるものだけでなく仕事や家でもある。私たちは仕事にシンクロし、一体化し、自分を世話するかのように隅々まで手をかけて仕事を作り込んでいく。しかし、仕事に同一化して環境へ配慮しすぎている私たちの本体は剥き出しで痩せ細り、脆弱な核を露出している。環境の大きな変化は、懸命に作り上げて肥え太らせて手入れしてきた自己の分身、本体よりも本体のつもりになっていた分身を剥奪してしまう。そこで露呈する弱く小さく貧しい自己がうつ病の主体である。私たちはそこでせめてもの罪悪感で責任ある主体であることを保つ。それこそが抑うつである。
抑うつがギリギリで補償しているのが原初の喪失、そもそも私たちは特別な対象と完璧な一体化などできないということである。私たちはその悲劇を受け入れて小さな自己のまませめてもの代替物を愛でて傷を塞がなければならなかったのに、あろうことか大きなものに一体化することで傷から目を背けてきた。ただ私自身そんな私たちを責めきれない。私たちは自己の傷を保護するものを、言葉を、愛を——あくまで幻想の水準で——もらい損ね、自分のものにし損ね、誰かの言葉に、愛に、飲み込まれてしまった。だから人から認められることでしか価値を確かめられない。だからちょっとしたことで存在そのものが揺さぶられる。」
連載:臨床と文学 第1回 さみしさ(精神科医:増茂悠人)#臨床と文学

2025年12月2日(火)

依頼された文章を一通り書き終わった。

それにしてもつまらない文章が書き上がってしまった。読者にとってどうであるのかわからないが、筆者としては読んで面白くない。ただし、今回依頼された文章は、そもそも文章の位置づけが面白くなりようがないものなので仕方ないのかもしれないが。

それでも、自分が書いたものがつまらないと自分で思うのは落ち込む。

いつもであれば、文章を書き終わった時、疲れの中にも書き終わった高揚感を感じることができるのだけれど、今回はただ疲れを感じてぐったりするばかり。普段は自分でよいものを書けたと思う高揚感が疲れを帳消しにしてくれていたのだろう。

2025年12月1日(月)

菱田屋酒場で昼ごはん。鳥カツのタルタルソース添えを頼んだ。

おいしい唐揚げはよく「柔らかい」とか「ジューシー」とか言われるが、そういう感じの肉汁が出てきて弾力がある、というよりも「ふわふわ」という感じ。そしてカツなので、トンカツ的なパン粉の衣がついており、サクサク。サクサクの中に信じられないふわふわが詰まっている食べ物。カツであるにもかかわらず、もはや上品だと感じた。食べるのがそれほど好きではない私にしては珍しいことに、食べる喜びを感じた。

店を出る時、店主に感想を伝えたら、胸肉の中でも、手の付け根に近いところ、一番よく動かす部位を使っているから柔らかいのだ、と言われた。希少部位なんだよ、と。いやそういう問題ではない、料理がお上手なのだ、と思った。だけど、希少部位なんだよ、と自信を持って言われたので、言い返せなかった。

2025年11月30日(日)

以前は自分が誰かに褒められたい、認められたいのだと思っていた。

その後、多少なりとも書いたものを人に読まれる機会を持つようになったにもかかわらず、不快な感情は残り続けていた。私が欲しかったのは認められることや褒められることではないと気づいた。そうだとすれば、この居心地の悪さは生活の安定に関わる不安なのだと思った。

しかし、偶然にも生活の不安が減ることになっても、やはり落ち着かなさは消えてくれない。なので、書いて検証する。