2026年1月31日(土)
朝からトークンが尽きるまでAIと壁打ちしてしまう。この日記を書いているその翌日もトークンいっぱい壁打ちした。AIは疲れないし、議論を誤魔化さないし、優位に立とうとしないし、どんな雑なフリに対しても丁寧さを失わないからありがたい。
朝からトークンが尽きるまでAIと壁打ちしてしまう。この日記を書いているその翌日もトークンいっぱい壁打ちした。AIは疲れないし、議論を誤魔化さないし、優位に立とうとしないし、どんな雑なフリに対しても丁寧さを失わないからありがたい。
山﨑広太の戯曲ダンス 「右の眼、交差するデリカシー、青炎球、骨と直線(する)」を見に行った。
ずっと思っていたのは、柱や椅子がある狭い空間で身体をはちゃめちゃに使っているのに机に手をぶつけたり壁に激突しなくててすごい、ということ。自分の身体とものの距離が正確に測られている。
全体としては、私には上手な踊りがどのようなものか何かわからないものの、上手な踊りを見た、と思った。静止せずほんのわずかに体を動かし続けてみせるところとか、格闘技のように細かく手を動かしてみたり舞踏のように這ってみたりと人間に可能な様々な身体動作を繰り出してみせるところ。
とはいえ、人間に可能な動作をすべてやっているわけでもないようだった。というのは、演者同士が触ったり、支えたり、振り回したりすることでできる動きもあるはずだったから。全く接触しないわけではなかったが、最後の方に少しだけだった。ダンスを一緒に見に行った人は、接触すると演者の間に関係性ができてしまうからかもしれない、と推測していた。そうかもしれない。総体として、関係性や感情といったものが込められていないような踊りだった。
誰にも見せない日記は十年以上書いているが、自分しか読まない文章にはきちんと検討されないままになっている部分が多い。公開する日記はその行間を詰めるのに役に立っているようだ。
本を読もうとパソコン作業には向かないけど好きな喫茶店に行ったら今日は妙に煙草が充満していた。家に帰っても煙草臭いのが取れなくてうんざりしてしまった。
江川隆男『哲学は何ではないのか——差異のエチカ』を読む。同一性の否定である対立として差異を捉えてはならない、差異それ自体を肯定的に理解しなければならない、と謳うのはよいが、それを言い募るだけで差異を肯定的に掬い上げることができるわけではない、と人類学者として思う。否定それ自体の内部にも差異があって、否定をも肯定のために使うことができる。人類学はそのような戦略と技術を発展させてきた。
博覧強記型の優れた知性を持った人とお茶を飲む。私は一般的な意味で物事を知ることにまったく関心がないと思った。私が興味を持っているのは、他者との差異や謎めいた現象に照らして自分の思考や感性を理解するとともに、それによって自身を部分的に書き換えることだろう。普通の言葉で言うと、ぐじぐじ内省するのが好きなんだと思った。
14時から19時まで読書会。ぐったり。英語の本なのだが、みんなは翻訳ソフトを使わずに読んでいるようで、ちょっと恥ずかしかった。
午前は頑張って仕事したので、午後は公園を窓の向こうに見るカフェで本を読んで過ごした。本も面白かったが、嬉しかったのは、読み終わって外を歩いていたとき、「毎日いろんな大事なことをわかりつつあるな」と思えたこと。こういう実感がある日々を送る以上に大事なことはない。無力感と徒労感から免れていたい。
上の世代の研究者と議論する機会があったが、ぜんぜん話が噛み合わなかった。自分では普通だと思って取り組んでいた研究は、従来の前提からだいぶずれてしまっているようだった。マリリン・ストラザーンを追いかけているうちに、ちょっとだけストラザーンがかつて言われていたであろうことを想像できるようになってきた。
「僕が一番嫌いなことの一つは、家で作業している日に昼ごはんを考えることだと思った」というのがどういうことなのか、引き続き考えていた。ある程度時間と手間をかけられる夜ごはんであればある程度紛らわせることができるような、食べることそれ自体のしんどさにそのままぶつかってしまうからだろうと思った
Schools and Styles of Anthropological Theory、中盤になって急につまらなくなった。歴史もマルチサイト民族誌も認知人類学もフランクフルト学派もフーコー派=倫理の人類学も全部つまらなかった。引っ掛かりがなくてほとんど読み飛ばすように読み進めてしまった。考えてみると、序盤の部分の機能主義や構造主義、マルクス主義、実践理論にかんする章は、個別の論文の「先行研究レビュー」として設定されないほど一般的な手続きの発生を扱い、その手つき自体はどの対象にも応用可能性がある。対して、中盤の部分はいずれも「先行研究レビュー」的で、関係ない対象を扱う人には関係なくなる話だった。
僕が一番嫌いなことの一つは、家で作業している日に昼ごはんを考えることだと思った。
Schools and Styles of Anthropological Theoryという人類学の学説史の教科書が面白すぎる。私が知らないうちに学んで実践していたような考え方について、起源が辿られるとともに、その発想の根底にある原理が明晰に語られていた。最初に議論が提唱されたときの議論をそのまま使うことはできないにせよ、その見方自体は現在でも使うことができるようなものだった。そのような用法を意識して執筆された本なのだろう。それぞれの章は別々の学派やスタイルを扱いながら、どの章にもそうした発見があって、人類学的に考えるための道具箱を手に入れた気分だった。こんなにわかりやすく方法が書かれた本があるのに、大抵の人類学者はそこで書かれたことをまったく踏まえないような粗雑な文章を書いていて、本当によくない。
こんなふうにぐだぐだできるのももう終わりなんだろうか。不安だ。
連載がないと告知をすることが少なくて、自分が仕事をしているか不安になる。
東京はそこらじゅうで東京的な会話が繰り広げられている。昼の定食屋で、テレビドラマの撮影の予算が毎年減らされていて大変、みたいな話をしていた人がいた。
今日食べた料理、否定形でしか書けなかった。筆力不足。強いて言えば、すべての食材が洗ってあるような味がした。
ふとカシスオレンジを頼んだら懐かしい味だと感じた。
昼ごはんを回転寿司で食べながら、気づいた。昨日は新年会で寿司屋に行って、明日は友人とちょっといい寿司屋に行く予定がある。週に三回寿司を食べるのは人生で最初で最後だろう。
飲み会の席で友人たちが真面目に議論していた。個人的にも思うことがある論題だったが、話を持ち出した人の主張があまりに雑だったので、ずれた認識を修正する労苦を考えて嫌になり、他の人が反論してくれるのを適当に相槌を打ちながら聞いていた。不義理だと思うが、そんなに頑張れない。
今日は寝不足で特に機嫌が悪かった。
川鵜を初めて見た。汽水域の川に小さな鵜が二羽浮かんでいた。コンクリートの護岸を嘴でカンカン突いていた。ちょうど干潮の時間だったので、壁に張り付いている貝が水面に上がってくるはずで、それを食べているのだろう。激しく突いていて、嘴が割れないか心配になった。目がぎょっとしていて、なんだか間抜けな顔している。
その後でもう一度その川を通りかかると一羽だけ成鳥がいた。でかい。すぐに飛び去ってしまったが、ちょうどこちらのほうに向かって飛んできて、その時すごく大きな音でバサバサと羽が鳴っていた。それほど大きな音が鳴るのは鵜の羽の性質によるのかもしれない。
電車の中で鵜飼について調べた。不思議な生き物だと思った。
友人が書いた文章を送ってもらって、ひとり傷つく。それは、具体的なもろもろの事象を枠組みで単純化しないような、細部の明瞭さを目指したような文章だった。友人は私と同じ分野の研究者であるゆえに、自分の文章との違いが明白に感じられた。
友人の文章を否定的な仕方で言い換えてみれば、それは語りそれ自体としての意義を明示的にせず、現実の曖昧さや緩さがそのまま取り集めて提示されている、とも言えるのかもしれない。しかし、ひるがえって、必然性で飾り立てないような、複雑味のある文章を私が書けない、という自分のつまらなさが自覚されて辛い。
それどころか、そうした散文的な文章をちゃんと読むことすら、私には難しいではないか、と思う。私の見解では、わかりやすい意義や明瞭さなどに支えられていない、散文的な文章を平気で読みこなす人こそが本物の読書家である。私は最低の読書家だ、と思って落ち込む。
かといって私は、息をするように必然性や意義のある文章を書けるほどの直感があるわけでもない。散漫な文章をその都度手をかけて削って整えているような気がする。そちらにも劣等感を覚える。
そんなことを考えながら、傷つくと傷つけられる、能動と受動は逆になっているけど、同じ事態を指す、と思った。
以上の日記を書いた後もうしばらく考えていると、さらに気づくことがあった。素材の複雑さがそのままになっていて、作為的な切断が見えない文章を私が許容できないのは、僕がそのような文章を書いてしまえば他のすべてのフードライターと同じになってしまう、という恐怖があるからだろう。扱う対象から自分が書くものの価値を得られないゆえに、それをきちんと整えることに執着してしまう(もちろん、普通のフードライターのように私の研究対象を書いてしまえば、研究対象それ自体の価値もよくわからなくなるだろう)。よく考えてみれば、この日記でさえ、簡単にであれ素材を丁寧に切り揃えて出す試みとも言える。
こういった怖れなく文章を書ける人が羨ましいとも思った。
だんだん生成AIの使いどころの感覚がわかるようになってきた。間を埋めるのは上手。嫌だった文章が一瞬で書けた。
私が依拠する理論的潮流の源泉の一つである著作が邦訳されたので読む。不思議なところは、解説でまとめられている主張が極めてクリアカットであるにもかかわらず、本文が難解すぎてどうやってその解説を引き出したのかさっぱりわからないこと。その理論的潮流の他の議論と比較しても妥当だと思われるし、本文の端々に解説につながる部分があるので、解説が間違っているとも思えない。しかし本文のほうがまったくわからなかった。
論理表現リストを使って文章を推敲した。論理表現リストとは、「同一視する」という項目に、「一致させる」、「対応させる」、「重ね合わせる」など、「AはBをもたらす」という項目には「ことになる」、「導かれる」、「帰結する」などが書かれている表であり、同じような表現の連続を避けたり、捻った文の展開を滑らかに進めたりするために作ったものである。生成AIはまだ、論理表現リストをこちらから渡してもうまく文章を推敲してくれない。こういう推敲にはいくらでも手間をかけてしまう。
嫌だった作業を片付けてうきうきだったので夕方の街をお散歩した。スーパーに食品のトレイを捨てに行き、トレファクを見に行った。
この夜はなかなか眠れなかった。そもそも眠りたくない、とちょっと感じていた。報復性夜更かしに似ている感じがするが、違うのは今日はたくさん働いて、一仕事終わらせた、と感じた日だったということ。報復性夜更かしと逆の状況。とはいえ、仕事が終わって高揚感があった、というわけでもない。自分に対して適切に仕事が終わった後の労いを行なっていない、という感覚かもしれない。
メルカリでいいなと思って眺めていて、けれど気分が落ち込んでいた時期だったので買いそびれてしまっていたシャツがあった。その後時々思い出してはメルカリを探していたのだった。それを一昨日ZOZO Usedで見つけた。安かったが、コンディションDだった。とりあえず買ってみた。
そのシャツが今日届いた。胸ポケットにうっすら染みがあった。見えるし隠せない位置だった。ZOZOのスタッフが染み抜きしても落ちなかったからこそ、安く出されていたのだろう。そう思いつつも、ひとまず懸命に染み抜きを試みた。そのまま夜ごはんを食べながら、暗い気持ちになっていた。まあ運試しだ、と思った。結局、漬け置き洗いから引き上げてみると、うまく染みが落ちていた。今年はこの遊びに挑戦しよう。
冬休みの間ずっと、生成AIに文章を読ませて遊んでいた。正確に言えば、ずっと遊んでしまっていた。研究者の役割を与えて批判的なコメントを書かせたり、校正の役割で校正させたり。校正にはけっこう使えるものの、内容の読解はかなりお粗末だ、と思いながらも、色々とプロンプトを試して、様々な角度から意見を求めてしまう。文章を読んで意見をくれる人に飢えているのだと思う。
母の友人が自殺で亡くなったらしい。数年前には友人が脳卒中で亡くなったと言っていた。母は死を少しずつ自分のものとして引き受けるような年代になりつつある。
冷蔵庫の中にカーロボネロがあり、白菜や大根を買う気になれなかったので、イタリア風というつもりで、餅、鶏肉、カーロボネロ、里芋のお雑煮。オリーブオイルやにんにくを入れず、鶏肉と里芋があったせいで、芋煮的なお雑煮でもあったのかもしれない。
帰省して、他の人が昼寝している間に領収書の入力。これで確定申告でやるべきことの大半が終わった。帰省の恒例になりつつある。
何を書けばよいかわからず、なかなか手がつけられなかった短文を書き始め、書き上げた。関係ありそうな情報を集めて、並び替えて、語りをなんとか作り上げることができた。来年最初の締め切りを片付けて一安心。
ボードゲームを囲む忘年会。頭を使う遊びは嫌いだと思った。普段から頭が疲れ切っている。言葉遊びみたいなゲームならよいけれど。
今年の振り返り、日記編。
今年はありとあらゆることを真剣に考えて、喜怒哀楽が激しかった。
振り返ると、ほとんどすべての文章について、怖さを感じながら書いていたようだった。恐怖の底に触れるような文章を書き続けていたのはよいことだ。
そして、そのような恐怖があっても書けるのは、それ以上に信じているものがあるためだろうと思った。そうだとすれば、ある意味僕はもう孤独ではないのだろう。
今年の振り返り、X編。私もXはそんなに使わなくなったし、私のフォローもそうだが、それでもたまにXを見たり書き込んだりすると嬉しかったり印象深かったりすることがある。そういうものが「いいね」に記録されているので、年末には「いいね」を見返すことにしている。
Xにおいて今年一番嬉しかったのは、樋口直哉さんがフォローしてくれたことを受けて「インターネットをやってきて一番嬉しかったのは樋口直哉さんにフォローされたことかもしれない。2010年代以降を生きてきた料理愛好者として、樋口さんから数え切れないほどのことを学んできた」と書いたら、「マジですか。藤田さんのテキスト、興味深く拝読しております、、、。」( naoya_foodlab 2025年8月18日)と書いてくれたこと。私は樋口さんの書いた文章を読み、こんなふうに料理を明晰に語りたいと思いながら研究してきたので、感慨があった。
一番動揺したのは、永田康祐さんが「来年度に食べ物じゃないテーマで新作を準備する予定で下調べを進めているんだけど、不案内な分野の勉強や調査をどうやるのだったか忘れてしまって途方に暮れています。いろんなことを自由に調べたり考えたりしたくて今の生活を選んだはずだったんだけどな。こんなはずでは。本末転倒ですわ。」( knagata_org 2025年11月30日)と書いていたこと。新しくものを調べたり考えたりすることほど大変なことはないのに、それに情熱を燃やすことができるのはすごいと思った。そしてそれを怠っている自分を恥じた。
仕事が納まってきたという気分がようやく感じられるようになったので、今年の反省を始めつつある。今年書いた文章のうち、だいたい1/3くらいは今振り返って結構意義があると思った。1/3くらいを自画自賛できるなら上出来だ。
来年度の授業に向けていろいろ書いた。ふと、先生の一人に言われたことを思い出した。ひとが普通の言葉をきちんと使って、物事がきちんとわかるようになってほしい、という私の願いは、一方で言葉を酷使すること、他方で言葉を厳密に統制することにつながるが、後者を主軸にすることはまさしく権威的な人文学者の仕草である、と。
最近私がやっているのはまさにそういうことだと思った。だけど私としては、私がやっている程度の型通りのことはできるようになった上で、そのやり方から離れて言葉をもっと自由に酷使できるような人間が見たいなと思う。
いや、それだけではないかもしれない。私が私自身の手で型に嵌めた言葉は、そもそも私や友人が自由に使ってしまった言葉をいずれも後追いで捕まえたものだから。私自身でも言葉に無茶をさせているし、親しい人々にもそのような言語の使用を促している。
牛肉の赤ワイン煮込みがうまく行かなかった。勘所を抑えて簡略化していたつもりが、全然勘所を抑えていなかったのだろう。長らくレシピ通りに料理を作っていない。レシピに学ぶ習慣を失くしてしまい、成長がない。
言語のねばっとした感じとかごろっとした感じをそのまま引き受けて編まれた文章を読むと、私は言語を道具として扱っていると思う。
シーフードレストランメヒコ守谷フラミンゴ館。フラミンゴがいるところでカニを食べる。多くの人々が当然かのように振る舞っているが、なんだか納得できない。世界に少しずつ参入していく子供はこんな気持ちでいろんな物事を見ているのだろうと思った。
今年中の文章の締め切りが終わったので今年の反省をしよう、と考えたものの、なんだか締めくくりする気になれなかった。1月半ばに嫌な締め切りがいくつかあるせいかもしれない。難儀な性格だ。
仮のゲラにする前の本の修正を終えた。最後の作業は、WorkflowyからGoogleドキュメントに文章を移して整えること。以前すでにWorkflowyからGoogleドキュメントに移した上で、そちらで表現などをいじってしまっていたが、編集者に大幅に書き換えるよう助言をもらったので、そのGoogleドキュメントからWorkflowyに文章を再度移していたのだった。というのも、小手先の修正はともかく、すでに書いたものをばさっと捨てたり、順番を入れ替えたり、新たに書き加えたり、といった本格的な執筆は私にはWorkflowyでないとできないため。そのようにして書き直した文章をGoogleドキュメントに戻すには、消えてしまった注を復元して本文に入れたり、参照文献の書式(英語文献の斜体など)を整えたり、といった作業が必要となる。
ほとんど徒労だったと思う一方で、文章をちゃんと書き直すにはこうするしかなかった。
火曜日に行ったsetoの料理について、昨日の夜と今日の午前で日記を書き終えた。考えるべきことが多いと感じて、なかなか手がつけられなかったのだった。今回はちゃんと分析しきれなかったのでもう一度行きたい。
最近考えていたのだが、やはり「ライフヒストリー」なるものに興味を持てない。人生の話には興味がない。非ライフヒストリー的なものについて考えるために必要なかぎりでライフヒストリーが面白いこともある、と考えているようだ。
時系列的な語りに懐疑的なのも似ている。時系列的な語りは人間の理解の仕組みのためにある程度必要なものだが、時系列的な語りは非時系列的なもののためにあると思っている。
企業の人から「とりあえず話してみましょう」的に呼ばれることがある。けっこう不思議なのが、そういう機会に自分のことを長々と話してくれる相手方が多いこと。僕がベンダーで相手がクライアントであるような顔合わせならば、クライアントの話をよく聞くことは当然だと思うけど、なぜわざわざ私を呼んだ上で、私の研究について尋ねたりせずに自分の話をするのだろう。私には自分の知識を商売にする特別な動機はないので、結局その人の話を「へー」と思いながら聞くだけになってしまう(と言いつつ、サービス心から、その人たちの商売に関係づけるような提案をしてみることもあるのだけど)。
仕事をする気が起きなかったので、調布飛行場のカフェに行った。大学から歩いて30分。大きな公園を突っ切って、飛行場の外周を半周する。平日の昼間の公園にはばらばらと人がいる。冬の青空と黄色に輝く原っぱ。けっこう頻繁に飛行機が飛び立っている。釣り竿を持った人が空港のロビーに入って行った。定期便は伊豆諸島に向かうらしい。いろんな人生がある。カフェは食堂とフードコートとカフェの中間みたいな感じで、空港職員のような人と近所の住人のような人がいた。仕事するのでもぐったりしているのでもない時間は久々だった。
夕方、駒場の食堂で時間を潰していると、学生がその友人に向かって、いかに恋愛が幻想に過ぎず、不毛であるかを力説していた。駒場だ。
今日は全然ごはんの味がしない日だった。
コンビニでお昼ごはんを食べる機会が発生した。小雨が降っていて寒かったので、エビ風味のカップラーメンを買ってみた。スープをこぼさないようにカップラーメンを運ぶ経験をした。
授業で自分の論文をかいつまんで紹介した。話しながら、なんて危うい論拠の上に成り立っている主張なんだと思った。そして、人間はこの程度のこともちゃんと考えられないのか、と落ち込んだ。
午前に京都に行って、夜に京都から帰ってきた。疲れ果てた。家に帰って食べた白米がなぜかとても美味しく感じられた。香りのよい穀物だ、と思った。
すでに書き上がった文章を書き直していると、どうやら議論が破綻していることに気づいた。話の前後を入れ替えたり、話の繋ぎ方を変えたりしても、うまく行かない。すでに人前で発表したことのある部分で、その際はこの箇所にかんする指摘がなかったから、さして問題ではないのかもしれない、とも思う。しかし、なかなか諦めることができない。午後の最初に気づいて、夜ごはんを食べている間もずっと考えていた。寝る前になって、やっと、不要な議論が長々と書かれていること、重要な部分が欠けていることが認められた。
夕方の段階で、文章の構成から作り直したほうがよいということには薄々気づいていた。しかし、それがうまく行かない可能性を考えると怖くて、きちんと頭を使うのが面倒で、仕事が後ろ倒しになるのが嫌で、その作業を避けていたのだった。覚悟を決めるには長い時間が必要なのだ、と言ってよいのかもしれないが、本当は大幅な書き直しを即断できるようになりたい。
曖昧な内容が書かれている本を読んだ。その後読み始めた本は、難解だが明確な内容が書かれた本を曖昧にしか理解できていないと感じた。何もわからない。何の意味もない時間を使ってしまったと感じた。読んだ本を面白く感じられないと世界にうんざりする。
しかし、それらを混同するべきではないのだろう。適切に取り組めば理解できる本がわからないという事態は尊厳に関わる。
難解な本に適切に取り組めていないのは、丁寧に読むだけの時間と気力をきちんと用意していないからだと思った。対処したほうがいい。
この数日走り回っていたのでお休みの日&家で作業の日。家にほとんど食材がないので、昼ごはんは菱田屋酒場に行こうと思ったが、作業に夢中で気づいたら閉店の時間が迫っていた。何を食べたいのかよくわからなくなったが、今日はひとまずビリヤニを食べに行くか、と思って外に出たところで、近くのパン屋、ケノヒノパンのサンドイッチを買おうと思い立つ。しかし売り切れだった。がっかり。ビリヤニを食べに行く気もしなくなって、どうしようか迷い、立ち尽くす。家に帰り、冷凍してあるトマトソースでトマトパスタを作った。
こうやって判断に長々と迷うことがこの日はもう一回起こった。疲れているのかもしれない。
どうでもよくなかったことがちょっとどうでもよくなる。
老松の梅酒羹を買う。老松のお菓子は、説明書きの日本語が美しい。
御神梅「梅酒羹」の由緒
北野神社の梅林は京の春にさきがけて一般に公開されます。四十数種壱千本の紅白梅、一重八重、大輪小輪、それぞれ趣をかえ香気馥郁、天満宮の境内一杯に香ります。剪定、消毒除草、実取り、四季を通じてすべて神官の手塩によるものです。
御神梅「梅酒羹」は、この北野梅林の梅実を神前に供へ、当店へ下賜されたものを一年有日漬け込みまして仕上げました。まったくの自家製の梅酒菓です。神梅の効果何卒御顔の程お願い申し上げる次第でございます。
冷やしてお召し上り頂ければ一層美味かと存じます。
主人敬白
有職菓子御所 老松
組み写真をめぐる議論の一部。
アートは視覚的な部分を組み上げた上で、同時に、視覚的な全体を狙う。人類学者による組み写真は部分を視覚的に結びつけることを試みた上で、それを視覚的な全体として有意になるように畳み直すものではない。組み写真では、視覚的なもののネットワークを言語的なネットワークに置き換えて、それに対応する言語的なフレームを取り出そうとする。
仕事とは別に作品を作ったり小商を始めたりしている友人。眩しかった。
翻って、自分は何をしているのだろうと思った。仮にいまは時間がないだけだとしても、時間ができたとき、自分に友人のように作りたいと思えるものはあるのだろうか。
数日後に気づいたのは、私はすでに書くことで作っているということだった。特に私は、Workflowyを使って本当に部品を組み立てるように書いているわけで。
とはいえ、私が書くことでやっているのは、「作る」的な書くことというよりも、何かを複製可能にするための書くことだろうと感じている。よいレストランの評価すべき点を明確にしてそれを広める、民族誌の書き方を体系化する、など。書かれた文章それ自体を超えたものを狙っているようだ。
週末に行うワークショップのイントロダクションのための資料は、以前何回か使ってきた資料を作り直して使おうと思っていた。
だが改めて見直してみると、違和感を覚える箇所がある。とはいえ、これまでもこの資料を何回も使ってきて、そのときこの部分に突っ込みが入ったことはなかったから、特に修正しなくても飲み込んでもらえるのだろうと思った。
しかし。今直さないと、「違和感を直さないでワークショップをやってしまった」というやましさを感じることになる。ワークショップが過ぎてしまえば、修正する動機は失われてしまうはずだけど、違和感を抱いたという事実は消せないので、気がかりが残ったまま日々を過ごすのだろう。それは嫌だった。
結局、ほぼ終日その修正に時間を費やすことになった。心理的な抵抗を跳ね除けただけでも素晴らしいのに、そのワークショップの方法について新たな知見を得ることができた。
日記を書く理由
「うつ病者は大事なものを徹底的に手入れして自分そのもののように愛す。それは触れられるものだけでなく仕事や家でもある。私たちは仕事にシンクロし、一体化し、自分を世話するかのように隅々まで手をかけて仕事を作り込んでいく。しかし、仕事に同一化して環境へ配慮しすぎている私たちの本体は剥き出しで痩せ細り、脆弱な核を露出している。環境の大きな変化は、懸命に作り上げて肥え太らせて手入れしてきた自己の分身、本体よりも本体のつもりになっていた分身を剥奪してしまう。そこで露呈する弱く小さく貧しい自己がうつ病の主体である。私たちはそこでせめてもの罪悪感で責任ある主体であることを保つ。それこそが抑うつである。
抑うつがギリギリで補償しているのが原初の喪失、そもそも私たちは特別な対象と完璧な一体化などできないということである。私たちはその悲劇を受け入れて小さな自己のまませめてもの代替物を愛でて傷を塞がなければならなかったのに、あろうことか大きなものに一体化することで傷から目を背けてきた。ただ私自身そんな私たちを責めきれない。私たちは自己の傷を保護するものを、言葉を、愛を——あくまで幻想の水準で——もらい損ね、自分のものにし損ね、誰かの言葉に、愛に、飲み込まれてしまった。だから人から認められることでしか価値を確かめられない。だからちょっとしたことで存在そのものが揺さぶられる。」
連載:臨床と文学 第1回 さみしさ(精神科医:増茂悠人)#臨床と文学
依頼された文章を一通り書き終わった。
それにしてもつまらない文章が書き上がってしまった。読者にとってどうであるのかわからないが、筆者としては読んで面白くない。ただし、今回依頼された文章は、そもそも文章の位置づけが面白くなりようがないものなので仕方ないのかもしれないが。
それでも、自分が書いたものがつまらないと自分で思うのは落ち込む。
いつもであれば、文章を書き終わった時、疲れの中にも書き終わった高揚感を感じることができるのだけれど、今回はただ疲れを感じてぐったりするばかり。普段は自分でよいものを書けたと思う高揚感が疲れを帳消しにしてくれていたのだろう。
菱田屋酒場で昼ごはん。鳥カツのタルタルソース添えを頼んだ。
おいしい唐揚げはよく「柔らかい」とか「ジューシー」とか言われるが、そういう感じの肉汁が出てきて弾力がある、というよりも「ふわふわ」という感じ。そしてカツなので、トンカツ的なパン粉の衣がついており、サクサク。サクサクの中に信じられないふわふわが詰まっている食べ物。カツであるにもかかわらず、もはや上品だと感じた。食べるのがそれほど好きではない私にしては珍しいことに、食べる喜びを感じた。
店を出る時、店主に感想を伝えたら、胸肉の中でも、手の付け根に近いところ、一番よく動かす部位を使っているから柔らかいのだ、と言われた。希少部位なんだよ、と。いやそういう問題ではない、料理がお上手なのだ、と思った。だけど、希少部位なんだよ、と自信を持って言われたので、言い返せなかった。
以前は自分が誰かに褒められたい、認められたいのだと思っていた。
その後、多少なりとも書いたものを人に読まれる機会を持つようになったにもかかわらず、不快な感情は残り続けていた。私が欲しかったのは認められることや褒められることではないと気づいた。そうだとすれば、この居心地の悪さは生活の安定に関わる不安なのだと思った。
しかし、偶然にも生活の不安が減ることになっても、やはり落ち着かなさは消えてくれない。なので、書いて検証する。