日記

2026年3月23日(月)

最近の民族誌を読んで反感を覚えた。くどくどと書かれるだけで読者をどこにも連れて行ってくれない挿話があると思えば、事例に関係づけられているとは思えない哲学のふわっとした議論が紹介されている。単に「ボトム」と「トップ」があるだけで、「ボトムアップ」でも「トップダウン」でもない。私はちゃんと「ボトムアップ」がやりたい、と思った。これから十年くらいはそのやり方を探すことに費やしてもよいだろう。